「命以外、取られるものはない」と語る根木地徳栄さん

 

家は根こそぎ流された

震災当日は、田野畑村平井賀漁港に接する自宅で地震にあった。
仕事は漁師をしていた。
今までに経験したことがない揺れを感じたので、すぐに車で高台にある三陸鉄道田野畑駅近くへ避難。海の様子を眺めていたが、波が押し寄せてきたので、さらに高台へ避難。
結局、漁港のそばにあった自宅は根こそぎ流され、避難所で40日ほど避難生活を送った。その後、仮設住宅へ移ったものの、父が住んでいた古い家を改築して移り住んだ。
私が住む平井賀では3名が、隣りの羅賀では6名亡くなった。
幸い、私の家族、親類は無事だった。

 

弱った姿を見せたくない

津波によって、屋根を新調したばかりの家を失い大好きな漁師の仕事も失った。また、病気で死にそうになり胃を失い、津波から1年たった今年3月11日には、母も亡くなった。これ以上、取られるものはない。命以外、取られるものはない。
しかし、みんなに助けてもらい頂いた命だから、弱音を吐いて弱った姿をみせたくない。つらいことはあるが、つらいといいたくない。現状に納得するまで、しょうがないという気分になるまで半年かかったが、今回の震災でさらに打たれ強くなったのかもしれない。

 

漁が生きがい

せめて、海だけでも元通りになってほしい。生きがいを感じている漁師の仕事がしたい。
今年の春はマス漁を行った。今は、秋の漁に向けて網作りを行っている。網が仕上がってきているのを見ると、力がわいてくる。少しずつ仕事が再開できて、だいぶ精神的に落ち着いてきて気分がいい。生きた心地がする。やはり人間は仕事がないとダメだ。漁師として生涯現役を貫きたい。

 

田野畑村は生の体験ができる

村から声をかけられ、約15年前から田野畑村のガイドをしている。中でも、体験教室のメニューが一番教えがいがあって好きだ。
田野畑村ならではの新巻鮭づくりは、大きな鮭を一匹まるごと干物にしているので迫力があり、修学旅行の子供たちにとってとてもいい思い出になっている。そのほかにも、ワカメ作業、漁業体験などの漁師ならではの経験を活かしたプログラムが体験できる。田野畑村は生の体験ができる。
これからも、生涯、漁師の仕事を続けていきたい。そして、生の体験をみなさんにお届けしたい。

 

(2012年7月インタビュー)

 

被災した三陸鉄道田野畑駅周辺をガイドする根木地徳栄さん(写真をお持ちの方が根木地さん)

 

▼参考リンク

NPO法人 体験村・たのはたネットワーク